大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所小倉支部 昭和41年(わ)971号 判決

主文

被告人両名は、いずれも無罪。

理由

第一、公訴事実

被告人両名に対する本件公訴事実の要旨は、

「被告人杉山直利は、昭和四〇年一一月七日から昭和四一年一〇月一三日までの間、北九州市職員をもつて組織する北九州市職員労働組合若松支部執行委員長であり、同金子弘光は昭和四〇年一〇月一日から昭和四一年九月三〇日までの間、同支部清掃分会書記長であつたところ、同組合は、昭和四〇年一二月一八日北九州市長の提案した一般職員と現業職員との給料表の分断に反対し、同市長にその撤回を要求して闘争を展開していたが、被告人両名は、右要求貫徹のため、同市清掃事業局若松清掃事務所長中野清が管理する市所有の清掃用自動車を右組合の実力支配下において同事務所長による右自動車の運行およびその管理を阻害し、清掃業務を不能ならしめようと企て、同組合若松支部清掃分会員等多数と共謀のうえ、昭和四一年四月四日午前九時頃、組合員多数とともに、同市若松区昭和通二丁目所在の若松清掃事務所第一車庫から、同車庫に格納中の清掃用自動車一五台(し尿処理車一三台、じん芥処理車二台)を、ほしいままに、同市戸畑区新池町一丁目所在の北九州市役所横広場まで運転搬出し、同所において右清掃用自動車の自動車検査証およびエンジンキーを取り上げ、右自動車を同所に抑留し、同市清掃事業局長および若松清掃事務所次長等の再三にわたる即時返還要求にもかかわらずこれを拒絶し、右自動車中一四台を同月一四日昼頃まで、前記自動車検査証およびエンジンキーを同月一七日頃まで、それぞれ抑留して返還せず、もつて威力を用いて前記若松清掃事務所長の清掃用自動車の管理、運行ならびに清掃業務を妨害したものである。」

というのである。

第二、無罪の判断をした理由

一、認定事実

(一)  本件に至る経過

〈証拠略〉を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 北九州市にはその職員をもつて組織する北九州市職員労働組合(以下「市職労」と略称する)があり、被告人杉山は当時同市若松福祉事務所に勤務する一般職員であつて、市職労若松支部執行委員長の地位にあつたもの、同金子は、当時同市清掃事業局若松清掃事務所に勤務する現業職員であつて、市職労若松支部清掃分会書記長の地位にあつたものである。

(2) 同市においては、清掃等の単純労務に従事するいわゆる現業職員とその他の一般職員との間に、給与に関する差を設けず、同一の給料表を適用してきたが、この点について従来市議会等において、現業職はその法律上の地位にてらし別個に取扱うべきであるとの強い意見があり、さらに昭和四〇年一〇月下旬に発表された自治省の北九州市に関する行財政報告書においても単純労務の給料表別表化が勧告されていたところから、当時の市長もその実現の意向を固め、翌四一年一月二九日に提示した給料表案でその意思を明確にした。これに対し市職労としては統一給料表は長い間の闘争の成果であつて、いわゆる旧五市時代以来認められていたもので、これから現業職員を分離することはこれら職員の給与の実質的引下げになるばかりか、市職員全体の賃金体系改悪の出発点ともなり、ひいては組合の組織分裂の糸口ともなるとの見解をとつて、市当局と激しく対立し、以後数次にわたつて行われた団体交渉も物別れに終つた。市職労は給料表分断反対、給料引上げのスローガンをかかげて、昭和四一年二月中旬から三月上旬にかけて数回にわたり組合員の一割ないし五割の休暇闘争(いずれも休暇の承認ずみ)を行つたが、これに対し市当局側は組合が給料表分断を認めないかぎり給与関係の議案(ベースアップに関するものを含む)を議会に提案せず、また分断を前提としない団体交渉には市長は出席しないとの態度を表明し、三月二五日にはこのことを文書で全職員に通告した。市職労は同月二五、二八、二九日の三日間の組合員のいわゆる三・三・四割休暇闘争を行い、同月二九日までの三月市議会の終了後は団体交渉再開、市長の専決処分による給与引上げ分の差額支給、給料表分断撤回を求めて、市長に対する集団陳情の運動を起し連日市役所に赴いたが四月一日、市役所前に座りこんでいた組合員を排除するため警察官が出動し、逮捕者負傷者が出たこともあつて、これらに抗議する声が高まるとともにいわゆる陳情行動も高揚し、連日二、三千人が市役所に集合するという事態となつた。特に給料表問題で最も利害関係の深い清掃業務従事の組合員は、三月三一日頃から休暇承認の手続をとることなく職場を放棄して集団陳情や集会に参加し、また、若松を除く他区の清掃事務所から多数の清掃車(じん芥・し尿処理車)を搬出して市役所横の広場に集結させる等の行動をとつた(以下、これを「清掃車の搬出」という)。このため、一般窓口業務や清掃業務は相当に停滞し、このような状態はおよそ四月中旬頃まで続いた。

(二)  本件行為および当時の状況

〈証拠略〉を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 前記のような清掃業務従事の組合員の職場放棄、清掃車の搬出に対して、市清掃事業局では三月末から連日各清掃事務所長を集めて対策を協議したが、当時の市長がその政治的判断から強力な対抗手段阻止手段を用いることを欲せず、専ら説得によつて平和的に解決すべき旨を指示していたことや、現実に約一、二〇〇名にのぼる職員の行動を各事務所の小人数の管理職等で制止するのは困難であるところから、結局できるだけ説得により解決すべきであるとの結論に達し、清掃事務所に対し清掃車の搬出自体は阻止せず、万一搬出された場合はその車輛の確認を正確に行うよう指示するとともに、民間業者の動員等によつてじん芥、し尿の収集に全力をあげることを決めた。

(2) 北九州市若松区昭和通二丁目所在の若松清掃事務所の業務第一係(じん芥の処理担当)には車輛一三台(そのうち実動車輛は一一台、他は予備車および廃車予定車各一台)、運転手作業員約七三名(うち組合員は半数強)が、また業務第二係(し尿の処理担当)には車輛一八台(実動車輛は一七台)、運転手作業員約七〇名(うち組合員約六〇名)がそれぞれ配置され、一台の車輛につき運転手一名、作業員二ないし五名の配置が固定されていた。ところが、同清掃事務所でも、三月末頃から陳情や集会に参加のため組合員多数が職場を離れており、他方その仕事を他の者が代つて行うことができないところから、清掃作業は大幅に停滞し、特に組合員の多いし尿汲取作業は完全に停頓した日もあり、このためすでに四月三日から民間の業者を雇い入れて作業にあたらせていた。同清掃事務所でも他区と同様清掃車の搬出が予想されたので、所長以下管理職員が対策を話し合つたが、他区においてすでに搬出されている以上若松でもやむをえないのではないかとの見方が強く、清掃事業局の前記の指示もあつて搬出を阻止しようという結論にはならず、むしろ滞貨の処理をいかに行うかの点を中心に論議がなされ、従つて組合員に対する禁止や説得等清掃車(エンジンキー等を含む)確保の手段がとられることはなかつた。わずかに同月三日業務第一係長がじん芥車のエンジンキー(以下単に「キー」という)を集めて事務所内の箱に入れたり、同係の指導員宅に二台のじん芥車を預けたことがあつたが、これとてもそのことを事後に所長に報告したに止まり、いわば個人的、散発的に対策を講じていたにすぎなかつた。

(3) 一方、市職労若松支部清掃分会の側では、しばしば職場集会等を行い、清掃車搬出の件を討議していたが、四月四日朝の職場集会の結果午前九時頃遂にこれを決定するところとなつた。その際被告人両名は、前記の地位に基きそれぞれ組合員の質問に答えたり、討論の集約を図る等、右の決定につき積極的な役割を果したものである。

(4) その搬出の態様をみるに、従来から車体検査証(以下「車検」という)は当該車輛内に備えてあり、また、キーはスペアのキーのみを事務所に保管し(但し当時一部紛失し、実際にあつたのは約半数)、使用中のキーは自動車を車庫に納めたあと、車につけたままになつており、特定の場所に集めて保管する方法はとられていなかつたので、し尿車については、搬出の際管理職員の手から車検、キーを取り上げることは必要はなく、また、前記のように前日箱の中に保管されたじん芥車のキーについても、管理職員や非組合員の阻止がなかつたため、両者間に車検、キーをめぐる紛争は全くなかつた。車輛自体についても、右集会開始前に非組合員が車輛の一部を用いて作業に出ており、事務所に残つていたのは組合員らが平素使用して作業に供するものであつたため、これまた自由に持ち出せる状態にあつた。そこで同日午前九時すぎ頃、組合員らが残つていたじん芥車二台、し尿車一三台、計一五台を同事務所前の路上に運び出し、被告人杉山が運転上の注意などを与えた後、同市戸畑区新池町一丁目所在の北九州市役所横の広場に向けて出発した。その際、業務第一係の作業指導員一名が被告人らに対し、「これは組合の車か、市の車やろう。市の車をなぜ持つて出るのか。」などと叫んだが、何らかの反応を惹起するほどのものではなく、また、係長一、二名が上司の指示で確認のためその場に赴いたが、阻止するような発言は一切せず、全体として同事務所の管理職員による搬出阻止の動きは全くみられなかつた。したがつてまた、組合員の側から管理職員や非組合員に対し暴行、脅迫または威圧的な言動をする者がなかつたのはもちろん、拍手歌声等で喧噪にわたることもなく、少なくとも外見的には、日常作業に出る時の状況と少しも異なるところはなかつた(なお、当日午前八時四〇分頃組合員一四、五名が事務所第一倉庫の入口で体を事務室に向けてピケを張つている様子を見たとの証人中野清の供述があるが、同証人の供述全体を前掲各証拠に比照するとかような時期に余り広くない右入口に組合員らが集まり佇立しているのを遠くから望観したためそのように誤解したものと解されるので、採用できない。)

(5) 同事務所を出発した清掃車の一団は、市役所横の広場に着いた後、他区の清掃車と同様、市職労の役員(氏名は明らかでない)に各車輛の車検、キーを預けその保管に委ねた。市職労側では、本部執行委員会の責任で全体の車検、キーを保管し、車輛については若干の人員によつて終始その管理ないし監視にあたつた。かようにして、若松のじん芥車のうち一台が翌日組合員の手によつて返還された(何故そのようになつたか、その理由は不明)ほか、その余の車輛は同月一三日に至るまで同広場に集結して抑留を続けた。その間、同月七日頃、市長名で職場放棄の組合員に対し書面で業務命令が出されたが、清掃車返還の動きはみられなかつた。しかし、同月一三日に至り、市職労はいわゆる戦術転換の挙に出て、「自主撤収」の名で全清掃車を各清掃事務所に返還することとし、若松清掃事務所関係でもいつたん若松区役所横の体育館の前まで持ち帰り、同日同事務所次長らと組合員との間でさらに交渉を経たが、その席で組合側では、一旦は返還に先立ち要求事項の確認方を要望したものの、清掃事務所側の強い返還要求に対し、検討の結果これに応ずることとし、翌一四日午後、前記全車輛・車検およびキーが相前後して事務所へ返還された。ところが、右返還後も職場放棄中の賃金カットの問題や組合員と非組合員の配置の問題をめぐつて事務所側と組合側の間で折合いがつかなかつたところから、なお数日間にわたつて組合員は就労せず、返還前と同様の状態が続き、結局、同月一八日になつてようやく組合員も職場に復帰して、清掃事務所による清掃作業が全面的に再開されることになつた(なお、中野健の検察官に対する各供述調書には、「若松では車輛返還後も組合側が車検、キーを保管しており、返還の要求に応じなかつた」との供述記載があるが、車輛返還後清掃作業が全面的に再開されなかつた理由が右のように組合員の就労拒否によるものであつて、車検、キーの抑留だけではないこと、中野の右各調書の記載自体からも一四日以後いつまで抑留していたのかについては明確でなく、他に右に副う証拠もないことや、被告人杉山の公判廷における同時返還の供述その他関係証拠にてらし考察すると、前判示のとおり車検、キーについては清掃車とともに同月一四日まで抑留を継続していたと認めるのが相当であるが、他に特別の情況の認められない限り、右供述調書の記載から直ちに右同日以降の抑留の事実までを認定するには足りないと言うほかない)。

二、当裁判所の判断

そこで、以上のような経過と状況の下で行われた被告人らの行為が刑法二三四条にいう「威力を用い」た場合に該当するか否かについて検討する。

(一)  一般に「威力」とは、客観的にみて相手方の自由意思を制圧するにたる勢力を言うものと解されるところ、検察官は、自動車の搬出、車検、キーの奪取(持出し)およびこれらの返還拒絶による抑留継続行為自体が市当局の清掃業務遂行の意思を制圧するものであり、威力にあたると言えるが、本件においては、これに加えて被告人ら組合側が集団の勢力をもつて、ないしはこれを背景に右行為を行つたものであるから、威力業務妨害罪の成立はさらに明らかである、そして、集団の勢力とは具体的に言えば、組合員が一体となり、管理者側職員が搬出を思いとどまらせようとしてもこれを聞き容れることがないような激しい雰囲気であり、また数人の管理者側職員では搬出を実力で阻止することは不可能であり、あえて阻止しようとすればいかなる危害がおよぶかもしれないような全体的な状態を言うものであると主張する。

(二)  そこで、まず右にいうような「集団の勢力」が行使されたか否かについて考えるに、本件車輛搬出に際しては、抵抗を実力で排除するとか、抵抗を予測してピケを張るとか、あるいは拍手歌声等で気勢をあげ喧噪にわたる等物理的あるいは心理的な圧力的行動は一切なく、日常作業に従事するため清掃車に乗り組み出発する際と外見上何ら異なるところはなかつたのであつて、これは管理者側において搬出阻止の意思を具体的に何ら表明していない以上、むしろ当然のことであつたとも考えられる。車検、キーについてもその占有をめぐつて何らの争いはなく、車輛搬出の際当該車輛とともに持出されたものを組合員が集めたというにすぎず、組合員が管理者側職員から集団の勢威を示して奪取したというべきものではない。また、これらの抑留についても、明示的な返還要求に対しこれを断念させるような威圧を加えて抑留したものとは認められない。もつとも市当局が搬出を阻止するよう指示しなかつたのは、小人数の職員で多数の組合員の行動を規制し阻止することは事実上困難であると判断したことが大きな理由となつていることは前記認定のとおりであるけれども、阻止が困難であるとは言つても、阻止のための説得等の試みが管理者側職員の身体等に危険をもたらすほど切迫した状況にあつたとは認めるに足りない。むしろ阻止をあえてしなかつた実質的な理由は、さきに述べたように、事態収拾の最高責任者である市長が、その政治的判断から、少なくとも本件の時点においては市職労の行動に対し強力な対抗制圧手段を用いることを欲せず、終始説得によつて収拾すべきことを清掃事業局等に指示しており、同局ないし各清掃事務所においてもその意を受けて積極的な阻止行動に出なかつたところにあるとみられる。しかもその説得工作も現実にはほとんどみるべきものがなく、結局前記のように搬出行為を「確認」する程度に止まり、全体として著しく消極的な態度に終始したものである。このような状況のもとで前記の態様で搬出がなされたのであるから、それが多数組合員の参加によつて実行されたと言つても、刑法上の「威力」に相当する集団の勢力を用いたと評価するには著しい疑問を免れず、検察官の前記主張はとることができない。

(三)  次に自動車、車検、キーの搬出抑留行為それ自体が威力業務妨害にあたるとみられるか否かについて検討する。

一般的に言えば、じん芥車、し尿車は清掃業務の根幹となる重要な設備機械であり、これを搬出抑留することはそれ自体市当局の業務遂行を阻害する結果を生むと言えよう。また法律上車検を備えつけることなく自動車を運行の用に供することはできないのであり、キーなくして自動車を動かすことも通常不可能であるから、車検を持出したり、スペアのないキーを持出したりする行為もまた一般的には右と同様の評価を免れない。ところで、右のように一定の行為の必然的結果として業務の阻害をもたらす場合、必ずしも人に対する直接の威圧的行為を伴わず、それ自体平穏裡に(時として相手方の不知の間に)行われたとしても、なお威力業務妨害罪の成立する余地があるとの見解があり、右のうち、威力が必ずしも直接人に向けられることを要しないとの点については、当裁判所もこれを是認して然るべきものと考える。しかしながら、本来人の「業務」は複雑な社会生活の中にあつてまことに多種多様であつて、これに対する妨害行為もきわめて多様な様相をおび、そのうち威圧的な態様によるものについても、例えば、経済的な優越性とか、多数の者の団結等の事実そのものの持つ一種の威圧感を示すことによつて、相手の意思決定に何らかの影響を及ぼし、業務の妨害を結果することなども考えられるのであるが、刑法はそのうち特に「威力」の使用による妨害のみを犯罪類型としてとらえ、これを威力業務妨害罪として処罰すべきことを定めているのである。このような社会生活の実態に鑑みると、およそ刑法上の「威力」とは、それ自体人の自由意思を不法に制圧する勢力であること、換言すれば、四囲の状況にてらし客観的にみて社会的な常軌を逸脱した或程度不穏、異常なものであることを要すると解するのが相当である。ところが、本件においてはすでに詳細に述べたとおり、管理者側職員に車輛搬出阻止の意思はうかがえず、ほとんど傍観に近い態度を維持していたのであり、このような状況下で組合員が日常作業に赴く場合と時を同じくし、かつ同様の形態で何らの抵抗や争いもなく平穏裡に搬出したにすぎないから、右搬出自体を威力にあたると解するのは相当ではない。また、車輛等の抑留継続についても、四月七日の業務命令はこれらの返還を命じたものというよりも、むしろ職場放棄の組合員に対し就業を命じる趣旨のものであつたことがうかがわれるから、これをもつて必ずしも返還要求およびそれに対する拒絶とみるのはあたらないし、また一三日の交渉の過程になされた返還要求に対しては、社会通念上首肯しうる妥当な検討期間を経てこれまた平穏裡に翌日返還されているのであるから、そこにも返還拒絶と評価すべきものは存しない。

以上のとおりであるから、本件のような清掃車等の搬出抑留の行為を争議手段として正当と評価しうるか否かの問題はさておき、少なくともそれが刑法上威力業務妨害罪に該当すると認めることはできず、結局本件公訴事実は犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法三三六条により被告人両名に対し無罪の言渡をする。

(なお、弁護人は、本件公訴事実は被告人らが用いとされる「威力」の具体的内容につき明示を欠くから、起訴状自体何ら罪となるべき事実を包含しないものとして公訴を棄却すべきである旨主張するけれども、すでに述べたとおり、業務用の車輛等の搬出・抑留等の行為が威力業務妨害罪の評価を受ける場合もあり得べく、その成否は結局実質審理を経た上諸般の状況を具体的に考察してはじめて判断が可能となるものであるから、右の主張は採用しなかつた。)

よつて、主文のとおり判決する

(砂山一郎 田川雄三 安水健)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例